推しグッズを手放すまで|ビビのドールを手放して気づいたこと

心が軽くなる道のり

非常用のリュックを見直していたとき、私はビビのアクションドールを手に取りました。

『ファイナルファンタジーIX』のビビ・オルニティア。

好きなキャラクター、という言葉だけでは少し足りない存在でした。

一人暮らしの部屋に置いていた頃は、インテリアというより、同居人に近かったと思います。

地震のニュースを見るたびに、私はMacBookとビビをリュックに入れて、枕元に置いて寝ていました。

もしものとき、これだけは持って逃げたい。

そう思うくらい、大切でした。

でも、ある日ふと手が止まりました。

本当に、私はこの子を持って逃げたいのだろうか。

その問いが出てきたとき、すぐに答えは出ませんでした。

手放したいわけではない。
でも、持ち続ける理由も少し変わってきている。

この記事では、私が推しグッズを手放すまでに考えたことを整理します。

片付けの方法というより、思い出の品とどう向き合ったかの記録です。

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「捨てたいのに捨てられない」ではなく、「まだ意味が残っているもの」として読んでもらえたら嬉しいです。

目次

推しグッズを手放せなかった理由

それは、ただのモノではなかった

推しグッズを手放すとき、難しいのは「使っているかどうか」だけでは判断できないところです。

服なら、着ているか。
道具なら、使っているか。
本なら、読み返すか。

そういう基準で考えられるものもあります。

でも、思い出の品は少し違います。

使っていなくても、そこにあるだけで過去の自分とつながっている感じがする。

見ていなくても、持っていること自体が支えになっている。

私にとって、ビビのドールはそういう存在でした。

FF9を再プレイして、ビビへの気持ちがまた戻ってきた時期に迎えたものだったので、ただのコレクションではありませんでした。

当時の自分の気持ち。
作品から受け取ったもの。
一人で暮らしていた時間。
好きなものに支えられていた感覚。

そういうものが、ひとつの小さな人形にまとまっていたのだと思います。

手放すと、思い出まで消えそうだった

グッズを手放すときに一番怖かったのは、モノを失うことではありませんでした。

それを大切にしていた自分まで、なかったことにしてしまうような気がしたことです。

好きだった時間。
救われた感覚。
何度も見返した場面。
そのキャラクターに重ねていたもの。

そういうものを全部まとめて、「もういらない」と言ってしまうようで、少し抵抗がありました。

だから、手放せないこと自体を責める必要はないと思います。

そこには、まだ整理しきれていない意味が残っているだけかもしれません。

推しを手放すことへの葛藤をもう少し整理したいときは、こちらの記事でも書いています。

ビビが私に残してくれたもの

FF9のビビという存在

ビビは、弱気で、内気で、それでもやさしい黒魔道士の男の子です。

物語の中で、自分が何者なのか。
何のために生まれたのか。
限られた時間をどう生きるのか。

そういう問いに向き合っていきます。

FF9は、命や存在意義を描く物語でもあります。

その中でもビビは、答えがすぐに出ない問いを抱えながら、それでも自分にできることを探していくキャラクターでした。

私はその姿に、何度も支えられていたのだと思います。

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FF9をまだプレイしたことがない方は、物語としてもかなりおすすめです。ビビの問いは、大人になってからの方が刺さるかもしれません。

好きだった時間は、ちゃんと自分の中に残っていた

最初は、ビビのドールがあるから、その感覚を思い出せるのだと思っていました。

でも、非常用リュックを見直しながら考えているうちに、少し違う気もしてきました。

ビビが教えてくれたことは、もう私の中に入っているのではないか。

弱くてもいい。
迷ってもいい。
限られた時間の中で、自分にできることを探せばいい。

そういう感覚は、ドールを見ない日にも残っていました。

むしろ、物として持っているかどうかとは別に、もう自分の考え方の一部になっていたのだと思います。

この気づきが出てきたとき、少しだけ手放し方が変わりました。

「もういらないから手放す」ではなく、

「もう受け取ったものが自分の中にあるから、形は手放せるかもしれない」

そんな感覚に近かったです。

非常用リュックで見えた、手放しの境目

「持って逃げたいもの」は、本当に今の私に必要か

災害への備えを考えるとき、持ち出せるものは限られます。

水。
充電器。
身分証。
最低限の生活用品。

そういうものの中に、私はビビのドールを入れようとしていました。

その行動自体が、当時の私にとってどれだけ大切な存在だったかを表していたと思います。

ただ同時に、現実的に考えるほど、少しずつ問いが変わっていきました。

もし本当に逃げることになったら。
荷物を少しでも軽くしたい状況だったら。
そのとき私は、この子を持って走れるだろうか。

そう考えたとき、私は初めて「大切」と「必要」を分けて見られた気がします。

大切ではある。
でも、今の暮らしを守るために、物として持ち続ける必要は薄れている。

この2つは、同時に成り立つのだと思いました。

手放す前に、感情を少し分けてみる

推しグッズを手放すとき、いきなり「残す・捨てる」で考えると苦しくなります。

だから私は、先に感情を少し分けてみました。

  • このグッズそのものが好きなのか
  • これを買った時期の自分を残したいのか
  • 手放すと、好きだった気持ちまで消えそうで怖いのか
  • もう役目を終えたと、どこかで感じているのか

こうして分けると、少しだけ見え方が変わります。

私の場合、残したかったのはドールそのものだけではありませんでした。

ビビに支えられていた自分。
FF9を大切にしていた時間。
その作品から受け取った考え方。

そちらを手放したくなかったのだと思います。

でも、それは物がなくても残せるものでした。

INFJ的に見る、手放しまでの心の流れ

ここで、少しだけ構造化してみます。

私はINFJ気質なので、感情だけで決めるよりも、意味を考えて、納得できる形に整理できたときに動きやすいところがあります。

ビビのドールを手放すまでの流れを分けると、こんな感じでした。

Fe:大切にしたい気持ちを否定しない

まず、「手放せないほど大切だった」と認めました。過去の自分を責めず、好きだった気持ちをそのまま置いておく段階です。

Ni:未来の自分に必要かを想像する

次に、この先の暮らしにこの形が必要かを考えました。「大切だった」だけではなく、「これからも必要か」を見た段階です。

Ti:残したいものを言葉にする

ドールそのものではなく、ビビから受け取った考え方を残したいのだと整理しました。ここで、感情が少し扱いやすくなりました。

Te:現実の行動に移す

非常用リュックから外し、今の暮らしに必要なものを優先しました。感情を切り捨てるのではなく、現実の選択として整えた感覚です。

もちろん、誰もがこの順番で手放せるわけではありません。

でも、感情を否定せずに、未来を見て、意味を言葉にして、最後に行動する。

この流れは、思い出の品を扱うときにかなり助けになると思います。

実際に「手放すか残すか」の基準をもう少し具体的に考えたい場合は、こちらの記事が近いです。

手放すことは、忘れることではなかった

思い出は、形を変えて残っていく

ビビのドールを手放したあと、好きだった気持ちが消えたわけではありませんでした。

むしろ、物として持っていたときよりも、少し静かに残るようになった気がします。

たまにFF9のことを思い出す。
ビビの台詞や姿を思い出す。
あの物語が好きだった時期の自分を思い出す。

それで十分な日もあります。

好きだったものを手放すと、過去の自分まで否定してしまうように感じることがあります。

でも、手放しは必ずしも否定ではありません。

受け取ったものを自分の中に残したまま、形だけを変えることもあります。

今すぐ手放せなくてもいい

この記事を読んで、「私も手放さなきゃ」と思う必要はありません。

まだ見るたびに安心するなら、残していていいと思います。

まだ言葉にできない意味があるなら、急がなくてもいい。

ただ、少しだけ問いを置いてみる。

  • これは、今の私を支えているものか
  • それとも、支えてくれた過去を思い出すものか
  • 物として残したいのか
  • 受け取った意味を残したいのか

このあたりを分けてみるだけでも、手放すかどうかの前に、気持ちの輪郭が少し見えてきます。

実際にグッズを動かす前に、写真や保留箱で少し距離を取る方法はこちらで整理しています。

推し活そのものに疲れている場合は、手放す前に小さく休む方法から考えてもいいと思います。

おわりに

ビビのドールを手放したとき、私は「もう大丈夫」と言い切れるほど強くなったわけではありません。

ただ、少しだけ分かったことがあります。

大切だったものは、手元になくなった瞬間に消えるわけではない。

自分を支えてくれたものは、形を変えて、自分の考え方や選び方の中に残っていくことがある。

だから、推しグッズを手放すことは、好きだった自分を捨てることではないのだと思います。

手放すか、残すか。

その答えを急ぐ前に、まずはそのグッズが自分に何を残してくれたのかを見てみる。

そこまで考えられたら、次の選択は少しだけ静かになるはずです。

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この記事を書いた人

INFJの元オタクミニマリストとして、Niの視点から「感情と行動の構造」を語ります。FP3級・簿記2級・NISAの実践経験をもとに、暮らしとお金の新しい選び方をお届けします。

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