推し活のために仕事を頑張る。
その言葉だけを見ると、前向きに聞こえます。
好きなものがあるから働ける。
次のイベントがあるから、明日も頑張れる。
ボーナスが入ったら、遠征やグッズに使える。
そういう楽しみ方を、否定したいわけではありません。
ただ、最近少し気になることがあります。
給料やボーナスが入る前から、もう使い道が決まっている。
限定品の発売日に貯金を崩す。
イベントに参加するために、お金の心配をする。
本当は他にもやりたいことがあるのに、お金を理由にあきらめる。
そういう話を聞くと、表面上は「わかる」と返しながら、心の中では少し別のことを考えてしまいます。
その悩みは、本当に推し活の中だけで解決するものなのだろうか。
もしかすると、見直すべきなのは「買い方」だけではなく、働いたお金の行き先なのかもしれません。
この記事では、推し活のために働いているように感じるとき、ボーナスや給料の使い道をどう見ればいいのかを整理します。
これは、推し活をしている人を責めるための記事ではありません。
好きなものにお金を使うこと自体ではなく、「働いたお金が自分を助けている感覚があるか」を見るための記事です。
推し活のために働いているように感じることがある
給料日やボーナスの前に、もう使い道が決まっている
推し活のお金は、単発の出費に見えやすいです。
今回はグッズ。
今回はチケット。
今回は遠征。
今回はイベント。
ひとつずつ見ると、「これくらいなら」と思えることがあります。
でも、給料日やボーナスの前から使い道が決まっていると、少し景色が変わります。
入ってくる前から、出ていく先が決まっている。
それが何度も続くと、働いたお金が自分の生活を助ける前に、次の推し活へ流れていく感覚になります。
楽しみのはずなのに、少し苦しくなる瞬間がある
もちろん、楽しみのために働くことは悪いことではありません。
むしろ、楽しみがあるから仕事を続けられることもあります。
ただ、その楽しみのために、別のやりたいことをあきらめるようになると、少し苦しくなります。
友人との予定。
自分の勉強。
生活の余白。
将来のために残しておきたいお金。
そういうものが、推し活の出費に押し出されているとしたら。
それは「推し活が楽しいかどうか」だけでは見えにくい違和感だと思います。
昔の推し活と、今の推し活ではお金の重さが違う
私はデフレ時代にグッズを集めていた
私がグッズを集めていた頃は、今よりも物価が低い時期でした。
当時の私は、ある程度の貯金もありました。
だから、欲しいと思ったときに、欲しいだけ買えていた感覚があります。
もちろん、今振り返れば使いすぎていたと思います。
でもそのときは、生活がすぐに崩れるほどの切迫感はありませんでした。
少ない収入でも、グッズの数を増やせた時代だったのだと思います。
今も続けていたら、たぶん苦しかったと思う
今は、グッズ代も、イベント代も、遠征代も、昔より重くなっています。
交通費。
宿泊費。
食事代。
会場での買い物。
通販の送料。
ひとつずつは小さく見えても、合計するとかなり大きいです。
もし私が今も同じように推し活を続けていたら、たぶん苦しくなっていたと思います。
好きが弱くなったからではなく、生活の前提が変わっているからです。
物価高で推し活のお金が重く感じるときの考え方は、こちらの記事でも整理しています。


ボーナス頼りの推し活は、気持ちまで削りやすい
ボーナスが入っても、すぐ予定で消えていく
ボーナスは、まとまったお金です。
だから、大きな出費の予定を入れやすくなります。
遠征。
イベント。
限定グッズ。
まとめ買い。
普段の給料では少し重いものでも、ボーナスがあるなら払える。
そう考えること自体は自然です。
でも、ボーナスが入るたびにほとんど使い道が決まっていると、自分のために残る感覚が薄くなります。
頑張って働いたのに、生活が楽になった感じがしない。
その状態が続くと、推し活そのものよりも、お金の流れに疲れてしまうのかもしれません。
買えることと、苦しくないことは違う
お金は、出そうと思えば出せることがあります。
貯金を崩せば買える。
ボーナスを使えば行ける。
来月少し我慢すればなんとかなる。
でも、買えることと、苦しくないことは違います。
買ったあとに、生活の余白がなくなる。
他の選択肢が消える。
次の給料日まで気持ちが落ち着かない。
そういう状態なら、金額だけを見て「払えるから大丈夫」とは言い切れない気がします。
推しのために頑張ることが、自分を削ることもある
推しのために働く。
その言葉には、前向きな力があります。
でも、働いた分がそのまま次の出費へ流れていき、また次の出費のために働く。
そうなると、少し輪の中に入ってしまう感じがあります。
働く。
使う。
また働く。
また使う。
好きなもののためのはずなのに、自分の自由が増えていない。
その違和感は、見逃さない方がいいのかもしれません。
職場の若い子を見て、少し気になったこと
正社員でも、大きな推し活出費は重そうに見えた
職場で、推し活の話を聞くことがあります。
限定品の発売日に、貯金を崩した話。
イベント参加のために、お金の心配をしている話。
他にもやりたいことがあるけれど、お金を理由にあきらめた話。
私はブログをしていることを話していないので、基本的には共感するスタンスで聞いています。
そうだよね。
遠征はお金がかかるよね。
限定品は迷うよね。
そう返しながら、別の自分は少し考えています。
その悩みは、推し活の中だけで抱えるには重すぎないだろうか。
正社員として働いていても、大きな推し活出費はやっぱり重い。
そのことを、近くで見て感じることがあります。
10万円の出費をどう感じるかは、生活の余白で変わる
10万円の出費は、私にとっても痛いです。
軽く出せる金額ではありません。
ただ、今の私は、出そうと思えば出せるという感覚もあります。
推し活をやめて、NISAを始めて、お金の置き方が変わりました。
お金が増えることそのものが楽しくなった、という面もあります。
でも不思議なことに、お金があるからもう一度推し活をしよう、とは考えられなくなりました。
一度、未来の自分にお金を置く感覚を知ると、使い方の基準が変わったのだと思います。
推し活をやめたあと、時間やお金の置き場所が変わった話はこちらの記事にも書いています。


推し活をやめたい理由は、お金だけではないかもしれない
生活費が苦しい
推し活のお金が苦しいとき、最初に見えるのは金額です。
今月いくら使ったか。
次のイベントにいくら必要か。
グッズ代がいくらか。
でも、その奥には生活費の重さがあります。
食費や日用品、家賃、通信費、交通費。
生活に必要なお金が重くなれば、同じ推し活費でも苦しく感じます。
未来のお金が残らない
もうひとつは、未来のお金が残らない感覚です。
今月は楽しかった。
イベントも行けた。
グッズも買えた。
でも、月末に残っているものが少ない。
貯金が増えない。
投資に回せない。
次の選択肢が増えない。
その状態が続くと、「楽しかったはずなのに、少し不安が残る」という感覚になりやすいと思います。
働いても自由になっている感覚がない
推し活をやめたい理由は、好きが冷めたからだけではないかもしれません。
働いている。
収入もある。
でも自由になっている感覚がない。
お金が入っても、すぐに出ていく。
次のイベント、次の発売、次の遠征に備える。
その繰り返しの中で、ふと「何のために働いているんだろう」と感じることがあるなら。
それは、推し活を責めるより先に、お金の主導権を見直すサインなのかもしれません。
推し活費を見る前に、働いたお金の行き先を見る
給料の何割が推し活に流れているか
まず見るのは、給料の中で推し活がどれくらいの割合になっているかです。
正確な家計簿でなくてもいいと思います。
グッズ代。
チケット代。
交通費。
宿泊費。
食事代。
収納用品。
ひとつの月に、どれくらい推し活へ流れているのか。
ざっくり見るだけでも、自分の中の重さが分かりやすくなります。
グッズ代以外に消えているお金については、こちらの記事で整理しています。


ボーナスを何で使い切っているか
次に、ボーナスの行き先を見ます。
ボーナスは、普段より大きなお金だからこそ、勢いで使いやすいです。
でも、毎回ほとんど推し活で消えているなら、一度立ち止まってもいいと思います。
全部を貯金すべき、という話ではありません。
ただ、ボーナスの一部でも、自分の生活を助ける場所や、未来の自分に残る場所へ置けているか。
そこを見るだけでも、推し活の重さは少し変わって見えるはずです。
半年後の自分が納得しているか
最後に、半年後の自分を置いてみます。
今買えばうれしい。
でも半年後の自分は、その出費に納得しているだろうか。
イベントの思い出として残っているのか。
買ってよかったと思っているのか。
それとも、別のことに使いたかったと思っているのか。
この問いは、推し活をやめるためではなく、自分のお金を自分に戻すための問いだと思います。
推し活をやめるかより、お金の主導権を戻す
全部やめなくてもいい
推し活のお金が苦しいと感じても、いきなり全部やめなくていいと思います。
グッズだけ減らす。
遠征だけ見直す。
ボーナスを全部使うのをやめる。
公式情報を見る頻度を減らす。
やめるか続けるかの二択にしなくても、戻せる主導権はあります。
ボーナスを全部予定で埋めない
特にボーナスは、全部を予定で埋めない方がいいのかもしれません。
楽しみに使う分。
生活を整える分。
未来に残す分。
この3つに少し分けるだけでも、働いたお金が自分を支えている感覚が戻りやすくなります。
未来の自分にも少し残す
私は推し活をやめたあと、NISAを始めました。
だからといって、推し活をやめたら投資をするべき、という話ではありません。
ただ、働いたお金を未来の自分にも残す感覚は、かなり大きかったです。
今の自分を楽しませるお金。
未来の自分を助けるお金。
その両方があってもいい。
そう思えるようになると、推し活を続けるかどうかよりも、自分のお金をどう置きたいかが見えてくる気がします。
月1回だけ推し活のお金を見直す方法はこちらの記事で整理しています。


この記事の整理ポイント
- 推し活のために働くこと自体は悪くない
- ただし、給料やボーナスの使い道が先に決まっていると、働いたお金が自分を助ける感覚が薄くなる
- 昔の推し活と今の推し活では、物価や遠征費の重さが違う
- 買えることと、苦しくないことは違う
- 推し活をやめたい理由は、好きが冷めたことだけではなく、お金の主導権がなくなっている感覚から来ることもある
- 全部やめる前に、給料・ボーナス・半年後の納得感を見てみる
よくある質問
- 推し活のために働くのは悪いことですか?
-
悪いことではありません。楽しみがあるから働けることもあります。ただ、働いたお金が全部推し活に流れて、生活や未来の選択肢が狭くなっているなら、一度お金の行き先を見てもいいと思います。
- ボーナスを推し活に使うのはよくないですか?
-
ボーナスを推し活に使うこと自体が問題なのではありません。気にしたいのは、毎回ほとんどの使い道が先に決まっていて、自分の生活を助ける分や未来に残す分がなくなっていないかです。
- 推し活をやめたい理由がお金の場合、まず何を見ればいいですか?
-
まずは、給料の中で推し活に流れている割合と、ボーナスの使い道をざっくり見てみるとよさそうです。グッズ代だけでなく、交通費・宿泊費・食事代・収納用品まで含めると、重さが見えやすくなります。
おわりに
推し活のために働く。
その言葉は、きれいに聞こえることがあります。
実際に、好きなものがあるから頑張れる時期もあると思います。
でも、働いたお金がいつも次の出費へ流れていき、自分の生活や未来を助ける感覚が薄くなっているなら。
それは、好きが弱くなったというより、続け方が今の自分に合わなくなっているのかもしれません。
推し活を続けるか。
減らすか。
休むか。
終えるか。
その前に、働いたお金が自分を助けているかを見てみる。
そこからでも、次の選び方は少し変わってくると思います。










