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「選ぶ基準」で見えてくる、わたしらしさ|ミニマリズムで深めた自己理解

選ぶ基準が人生を変える

「モノは減らしたいけど、何を残せばいいのか分からない。」
そんなもやもやを抱えたことはありませんか?

私もミニマルな暮らしを始めたばかりの頃は、
「とりあえず減らす」ことに必死で、
“なぜそれを残すのか” “なぜそれを手放すのか”を、あまり深く考えていませんでした。

でも、服や持ち物を一つひとつ見直す中で、少しずつ気づいたことがあります。
それは、
「何を持つか」より、「なぜそれを選ぶのか」の方が、ずっと“自分らしさ”を映している
ということでした。

INFJ気質の私は、意味や背景を考えがちな分、
ミニマリズムは「モノを減らす」以上に、
自分の価値観や“好き”と向き合うためのツールになっていきました。

この記事では、

  • ミニマリズムが自己理解を深めてくれた理由
  • 「他人基準」から「自分基準」に変わっていった選び方
  • 感受性が強い人ほどラクに生きられる“環境としてのミニマリズム”

について、私自身の経験を通してお話しします。

「自分の好きがよくわからない」「なんとなく持っている物が多い」と感じているときの、
ひとつの“視点のヒント”になれば嬉しいです。

目次

ミニマリズムが自己理解を深める理由

服を減らして見えた“本当の違和感”

最初はただ、服が多すぎて選ぶのが面倒、クローゼットがごちゃついていて疲れる
──そんな“ストレス回避”がきっかけでした。

実際のところ、服もグッズも減らしたタイミングは違いましたが、どちらにも共通していたのは、「たくさん持っている自分」に対する違和感でした。

普段着ない、ただ流行に合わせただけの服。
「これを着ている私」ではなく、「ただ持っているだけの私」がクローゼットの中にいた。
その存在を、もし誰かに知られたら恥ずかしい…そんな感覚がふと湧きました。

今思えば、それはFe(外向的感情)による無意識の他者意識だったのかもしれません。
でもそれがきっかけで、「じゃあ私はどんな服なら“自分らしい”と思えるんだろう?」と、内側に向かう問いが始まりました。

減らすことで浮き彫りになった「自分の基準」

でもいざ減らしてみると、面白いくらいに心が軽くなった。

「少なくても困らない」だけじゃなく、「少ないからこそ、自分の好みがくっきり見えてくる」感覚。

何を心地よいと感じるのか、どんな色・形が自分にしっくりくるのか。服に限らず、持ち物や暮らし方にもその視点が波及していきました。

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今のクローゼットは同じ服を何着も持って、いつも同じスタイルです!

他人基準から自分基準へ|私の選ぶ力の変化

“褒められそう”で選んでいた過去

以前の私は、服を買うときも「誰かに褒められそう」「流行ってるから」という軸で選ぶことが少なくありませんでした。

でも、そうやって選んだものは、結局すぐに着なくなる。
誰かの目を意識した選択は、長くは続かないんだと実感しました。

INFJが気づいた“選ぶ快・不快”の重要性

ミニマルな暮らしは、そんな“他人基準”から“自分基準”へのシフトでもあります。

私はどんな色が落ち着くのか?
どんな肌触りが心地いいのか?
その問いを繰り返すうちに、自分の“好き”を選び取る力が育ってきたように感じています。

感受性の強い人のためのミニマル戦略

服は自己表現ではなく“環境設計”

私は、性格診断のひとつであるMBTI(16タイプ性格分類)で「INFJ」というタイプにあたります。
内省的で直感重視、本質を見つめたがる傾向があり、同時にまわりの空気や評価にも敏感です。


一方で、外からの評価や空気感に敏感な「Fe(外向的感情)」もあり、「こう思われそう」とか「場にふさわしいかも」と考えてしまうところもある。
でも、ミニマリズムという選択は、「他人の評価」ではなく「自分の快・不快」に正直になる練習だったように思います。


感覚に過敏なところがあるからこそ、視覚的・物理的な刺激を減らす工夫は、暮らし全体の安心感にもつながっていきました。

声をかけられないための“自己防衛スタイル”

昔の私は、どこかで「よく思われたい」という気持ちがありました。
それなりにオシャレをしていた時期は、ストリートスナップに声をかけられたり、美容系の営業やナンパなど、“見た目”をきっかけとした接触が何度もありました。

でも、INFJの私にとってはそれがかなりストレスで…。
「話しかけられたくない」「目立ちたくない」と思っているのに、服装で“開かれている人”のように見えてしまうことが、本当に不快だったんです。

だからこそ今は、“実務で価値を出せばいい”という本質志向(Ni)を大切にしています。

職場では、服装ではなく成果で評価されればいい。
社会にうまく溶け込むことは意識しつつも、余計な注目を集めないための身なりを整える──そんな「自己防衛的なファッション」は、私にとって快適さと安心を両立させてくれるスタイルです。

「声をかけられないように」という視点で服装を考えるようになってから、服は“自己表現”というより、“快適に過ごすための環境設計”に近い感覚になりました。

声をかけてくる人には、たいてい明確な目的があります。
勧誘・ナンパ・営業…いずれも相手側の“意図”がこちらに向いている状態です。

だからこそ、「相手の目的に引っかからない自分でいる」ための防衛は、外向きの服装よりも、自分の内面を守る戦略として大切だと感じています。

これは決して自己否定や地味を選ぶという話ではなく、“関わりたくない相手に、自分を使わせない”という選択でもあるのです。

自己理解とは「足るを知る」こと

よく思われたい気持ちからの脱却

以前は、「もっといいものがあるかも」「もっと似合うものがあるかも」と、常に“外”に答えを求めていました。

でも、ミニマルな暮らしを続けるうちに、「今ここにあるもので、私はもう十分なんだ」と思える瞬間が増えてきました。

それはつまり、自分がどんな人間かを受け入れて、「今の私に合った選択ができている」という感覚です。

“自分に合った選択”ができるようになった実感

“自分を知る”って、すごく難しいことのように思えていたけれど、毎日の小さな「選ぶ」や「残す」を積み重ねることが、結果として自己理解につながっていた──
今はそんなふうに感じています。

今もし、「なんとなく持っているものが多い気がする」とか、
「自分の“好き”がよくわからない」と思うなら、
それは“選ぶ力”を育てている途中なのかもしれません。

いきなり完璧な選択ができなくても大丈夫。
まずは目の前の一着、一冊、一つのグッズに向き合って、
「これ、ほんとに好き?」と問いかけてみる。

その一歩が、きっとあなたの“自分らしさ”を照らしてくれます。

おわりに

モノを減らすという行動は、表面的にはとてもシンプルです。

でもその奥には、「どう生きたいか」「何を大切にしたいか」という問いが隠れています。

私は、ミニマリズムを通じて、単に物量を減らしただけでなく、「思考の基準」や「選ぶ力」も磨かれてきたと感じています。

少ないけれど、満たされている。
足りているけれど、自分らしい。

そんな暮らしは、自分を知り、自分を大切にするためのベースになっていくのだと思います。

tsumu9

モノを手放す経験としては、かつて“推し活”グッズを卒業した経験もあります。
「オタ卒ってどうやるの?」と悩んだときの話は、こちらの記事にまとめています。

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この記事を書いた人

INFJの元オタクミニマリストとして、Niの視点から「感情と行動の構造」を語ります。FP3級・簿記2級・NISAの実践経験をもとに、暮らしとお金の新しい選び方をお届けします。

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