ゲームをやめたい人へ|Switchと光回線を手放して気づいたこと

4時間が、未来に変わった

仕事が終わって、気づいたらSwitchを起動している時期がありました。

少しだけ遊ぶつもりだったのに、1時間、2時間、気づけば4時間くらい経っている。

楽しくなかったわけではありません。

むしろ、かなり楽しかったです。

ポケモンの対戦を考える時間も、スプラトゥーンで友人と遊ぶ時間も、Among Usやマーダーミステリーで頭を使う時間も、私にとってはただの暇つぶしではありませんでした。

状況を見る力や、相手の動きを読む力も、そこで少し鍛えられた気がします。

だから、ゲームをやめたあとも「あの時間は全部無駄だった」とは思っていません。

ただ、アラサーに近づくにつれて、少しずつ違和感が出てきました。

楽しいはずなのに、終わったあとに疲れている。
休んだはずなのに、時間だけがなくなっている。
また明日も同じように起動する自分が、少しだけ重い。

その違和感が、ゲームとの距離を考えるきっかけでした。

この記事では、私がゲームをやめて、Switch本体と光回線まで手放すまでの流れを整理します。

目次

ゲームは、私にとってただの娯楽ではなかった

子どもの頃から、ゲームの世界に夢中だった

私がゲームに触れたのは、小学生の頃でした。

Nintendo64のスーパーマリオ64。
初めて買ってもらったポケットモンスター赤。
親の同僚さんから譲ってもらったFF7。

ポケモン赤は、ゼニガメばかり育てていて、子どもの頃はクリアすらできませんでした。

それでも、ゲームの中に入っていく感覚が好きでした。

FF7を初めてクリアしたときは、「最後までやりきる」楽しさを覚えました。

そこから、FF9やポケモンシリーズにも自然とのめり込んでいきました。

ポケモンやスプラトゥーンは、グッズを集めるほど好きだったタイトルでもあります。

ゲームは、私の中で推し活やグッズ集めともつながっていました。

社会人になってからは、ゲームが生活の中心に近かった

社会人になってからは、ゲームとの距離がさらに近くなりました。

ポケモンXYでは、ガチ対戦をしていました。
特にトリプルバトルが好きでした。

Twitterでの交流をきっかけに、スプラトゥーンも遊ぶようになりました。

Among Usやマーダーミステリーのように、話し合いや推理が必要なゲームにも手を伸ばしました。

仕事が終わったらゲームをする。

それが、かなり自然な日課になっていました。

1日4時間くらいプレイすることもありました。

人と遊ぶ約束がある日もあり、ゲームの中での交流もありました。

だから、やめることを考えたとき、単に「時間を減らせばいい」とは思えませんでした。

ゲームには、楽しさだけではなく、人間関係や習慣もくっついていたからです。

楽しいのに、少しずつ疲れていた

「この時間を、別のことに使ったらどうなるんだろう」と思った

ゲームをしている最中は、あまり違和感に気づきません。

次の試合。
次のシーズン。
次のイベント。
次に遊ぶ約束。

目の前にやることがあると、考えなくて済みます。

でも、アラサーに近づく頃から、ゲームを終えたあとに少しだけ疲れを感じるようになりました。

何かが嫌になったというより、体力の使い方が合わなくなってきた感覚です。

あるとき、ふと考えました。

この4時間を、別のことに使ったらどうなるんだろう。

読書をしたら。
掃除をしたら。
勉強をしたら。
何もしないで、ちゃんと休んだら。

その問いが出てきた時点で、私の中では少し流れが変わっていたのだと思います。

一度やめても、戻れる環境があると戻ってしまう

私は、一度スプラトゥーン2を手放したことがあります。

でも、スプラトゥーン3が盛り上がっているのを見ると、また気になりました。

完全に戻るつもりではなく、気になるシーズンだけ1か月集中して遊ぶ。

そのくらいの距離なら大丈夫だと思って、Nintendo Switch Onlineにも一時的に再加入しました。

この経験で気づいたのは、意思の強さだけでは習慣は変わりにくいということです。

本体がある。
アカウントがある。
オンラインにすぐ戻れる。
SNSで情報が流れてくる。

戻れる環境が残っていると、気持ちが少し動いたときに戻りやすい。

私は、自分の意思が弱いというより、戻りやすい構造の中にいたのだと思います。

Switch本体と光回線を手放した理由

やめるなら、戻れる入口も減らした方がよかった

ゲームをしない日が増えてくると、今度は光回線のことが気になり始めました。

毎月5000円ほどの固定費。

もともと家の光回線は、オンライン対戦をするために必要なものとして使っていました。

でも、ゲームをしないなら、今の生活には少し重いかもしれない。

そう思うようになりました。

最終的に私は、Switch本体を手放し、光回線も解約しました。

今は楽天モバイル中心の生活です。

MacBookやiPhoneのアップデートは、マンション設備のネット回線を使うこともあります。

ブログを書くくらいなら、重い作業を避ければ、今の通信環境でも成り立っています。

これは、誰にでも同じようにすすめられる方法ではありません。

ただ私の場合は、ゲームに戻る入口を減らすことが、暮らしを軽くすることにつながりました。

サブスクだけでなく、環境ごと見直した

Nintendo Switch Onlineのようなサブスクは、金額だけを見ると大きくありません。

でも、そこには「また戻れる」という入口が残ります。

私にとっては、その入口があること自体が少しノイズでした。

だから、サブスクだけではなく、本体や通信環境も含めて見直しました。

使っていないサブスクや戻れる環境については、こちらの記事でも整理しています。

ゲームをやめて、時間とお金の流れが変わった

1日4時間は、思っていたより大きかった

ゲームをやめて最初に感じたのは、時間の余白でした。

1日4時間が急に空くと、少し変な感じがします。

何をすればいいのか、最初は少し迷いました。

でも、その時間は少しずつ、別のものに流れていきました。

読書をする。
掃除をする。
ぼーっと休む。
ブログを書く。

ゲームをしていた時間が、そのまま全部「有意義な時間」に変わったわけではありません。

でも、自分で選べる時間が増えました。

それが大きかったです。

毎月の固定費も、未来の自分に回せるようになった

お金の面でも、変化がありました。

Nintendo Switch Online。
ゲームソフト。
光回線。

ひとつひとつは納得して払っていたものです。

でも、合計すると毎月6000円以上になることもありました。

1年で見ると、7万円以上です。

今では、そのお金をプロテイン、サプリ、歯科健診、投資などに回しています。

節約を頑張っているというより、使う場面そのものが減りました。

ゲームをやめたことで、必要な固定費の形も変わったのだと思います。

お金を使う場面を減らす考え方は、こちらの記事でも整理しています。

空いた時間とお金を、そのあと何に使うようになったのかは、推し活をやめたあとの変化としてこちらの記事でも整理しています。

「暇だった」のではなく、時間の置き場所が決まっていた

ゲームをしていた自分は、否定しなくていい

ゲームをやめると、「あの時間は何だったんだろう」と考えることがあります。

でも、私はゲームをしていた自分を否定したくありません。

あの頃の自分には、それが必要でした。

楽しかったし、友人との時間もありました。

状況把握やロジカルシンキングのように、仕事につながった感覚もあります。

だから、やめたからといって、過去の自分を間違いにしなくていいと思っています。

ただ、今の自分にとって、同じ時間の使い方が合わなくなった。

それだけだったのかもしれません。

「やめる」は、好きだった時間を終わらせることだけではない

何かをやめるとき、私は少し怖さを感じます。

好きだったものを手放すことになる。
人とのつながりが薄くなるかもしれない。
空いた時間に、何をすればいいかわからない。

でも、やめることは、好きだった時間を否定することではありませんでした。

今の自分が、次にどこへ時間を置きたいのかを考えることでした。

推し活をやめたときの感覚にも、少し近いです。

やめたいのにやめられないときは、意思より環境を見る

まずは「戻れる入口」を書き出してみる

ゲームをやめたいのにやめられないとき、最初から本体を手放す必要はないと思います。

ただ、戻れる入口がどこにあるのかは見ておいた方がいいです。

  • ゲーム機がすぐ手に取れる場所にある
  • オンラインサービスに加入したままになっている
  • SNSで新情報やイベント情報を見ている
  • 友人との約束が、ゲーム中心になっている
  • 通信環境が、ゲーム前提のまま残っている

この入口を全部消す必要はありません。

でも、どこから戻っているのかが見えると、対処しやすくなります。

半年後の自分が、どちらに納得していそうかを見る

私は、ゲームをやめるかどうかを考えるとき、未来から逆算する感覚がありました。

半年後も同じようにゲームをしている自分。
半年後は少し距離を置いて、別の時間を増やしている自分。

どちらが正しいかではなく、どちらの自分に納得できそうか。

そう考えると、少し判断しやすくなりました。

「やめるべきか」ではなく、「今の自分は、時間をどこに置きたいのか」。

問いを変えると、ゲームとの距離も少し変わります。

おわりに

ゲームをやめたことで、私は時間とお金を取り戻したように感じました。

でも、それはゲームが悪かったという話ではありません。

子どもの頃から夢中になったゲームも、社会人になってからの対戦や交流も、私にとっては確かに楽しい時間でした。

ただ、今の自分には、少し重くなっていた。

Switch本体を手放し、光回線も解約して、楽天モバイル中心の生活にしたことで、戻れる入口はかなり減りました。

そのぶん、時間とお金の流れも変わりました。

ゲームをやめることは、好きだったものを否定することではなく、今の自分に合う距離へ置き直すことだったのだと思います。

もし今、やめたいのにやめられないと感じているなら、まずは自分を責めるより、戻れる入口を見てみる。

そこから、少しずつ距離を変えていけばいいのかもしれません。

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この記事を書いた人

INFJの元オタクミニマリストとして、Niの視点から「感情と行動の構造」を語ります。FP3級・簿記2級・NISAの実践経験をもとに、暮らしとお金の新しい選び方をお届けします。

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